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大阪家庭裁判所 昭和31年(家イ)1679号 審判 1957年3月08日

申立人 永田カズ(仮名)

相手方 永田正夫(仮名)

主文

申立人と相手方を離婚する。

双方の子、和子、正の親権者をいずれも相手方とする。

理由

本件申立理由の要旨は「申立人と相手方は昭和二〇年五月○○日婚姻し、その後四年程は普通の夫婦生活をなし、長女和子(昭和二二年七月○日生)長男正(昭和二五年五月○○日生)が生れたが、その後相手方は他に情婦を作り、更に約三年前よりは水商売の女竹村某を家に引入れて申立人と同居させ、その上相手方は酒を呑んで乱暴を働き、申立人は子供のことを考えて辛抱していたが、遂に家を出て現在は表記○○会館に勤めている。もはや相手方と婚姻を継続することはできないから、本申立に及ぶ」というのである。

当裁判所は昭和三一年一二月五日より本年二月一五日迄八回の調停委員会を開いたが成立に至らなかつた。この間相手方は二児のため申立人の復帰を要望し、現在同棲中の竹村某は時機を見て退去せしめると申出たこともあつたが、申立人は前記主張事実のほか相手方が酒乱で時には出刃庖丁を持つて申立人に危害を加えようとしたため警察官に保護を求めたこともあり、又家計困難のときは妻の衣類を売飛ばして酒代に充てるなど家庭を顧みることなく、竹村某を申立人と同じ寝室に宿泊せしめるなど乱行甚しいため、申立人は已むを得ず家を逃れ出て表記○○会館に炊事婦として勤務しているが、戸籍上夫があるため何時職を辞して帰るかも知れないとの理由で本雇となれず、臨時雇のままであるため薄給且つ健康保険にも加入できず困つている。一方現在同棲中の竹村某は不幸中の幸として申立人の二児を可愛がつているから、申立人としては離婚の上二児の親権者を相手方とされたい」と述べて復帰を承知しない。相手方は申立人のこの陳述に対し積極的に争うこともしないままで最終の調停期日に出頭しなかつたので、当庁調査官黒川昭登をして本年二月一八日相手方住居に赴いて調査せしめたところ、その報告によると相手方は申立人が勝手に家を出て行つた上で、裁判所に本件の申立をしたことが気に喰わないから、今後調停に呼出があつても出頭せず、任意に離婚届を出すことは絶対にしないが、裁判所の裁判で離婚を命ぜられるなら、之に対しては文句を言はない。申立人の残した衣類道具などは近々に運賃先払の客車便で実家に送る、との意向であつて、単に意地で離婚に同意しないものと見るほかはない。

尚本月六日申立人よりの申出に依れば衣類道具の引取も完了したとのことである。

以上のような経過の下において、当事者双方のため衡平に考慮するときは、双方の離婚及び両名の子、和子、及び正の親権者を相手方と定める旨の審判をなすことが、双方の申立の趣旨に反しない限度で事件の解決のため相当な措置であると認められる。仍て調停委員吉川長衛、加古二葉の意見を聞き家事審判法第二四条を適用し主文のとおり審判する。

(家事審判官 沢井種雄)

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